投稿

タワマンの原因は駅前広場を再開発地域に入れたから(下)

イメージ
 再開発準備組合が示したイメージ図 前ページの続き  街づくりが再開発ビジネスに飲み込まれる 準備組合設立と三井不動産の登場 ◆ 2022年(令和4年)12月: 地区内の地権者ら(約7割が加入)が「市街地再開発準備組合」の設立総会を開き、同準備組合が 事業協力者の募集 を開始した(まちづくり準備会から変わったことに注意) ◆ 2023年(令和5年)1月: 準備組合の理事会が、 先行事例地区(調布駅北第1A地区) を視察・ヒアリングしたうえで、事業協力者の選定活動(1次審査=書類、2次審査=プレゼン)を実施した。選定基準は「実績」「事業の最後まで一緒に汗をかき、地権者主体の活動を支援してくれること」「準備組合への資金協力を惜しまないこと」の3点 タワマンのプロ出現 ◆ 2023年(令和5年)3月: 準備組合の理事会が、事業協力者(候補)として第一位だった三井不動産レジデンシャル株式会社・三井不動産株式会社を選定した ◆ 2023年(令和5年)3月29日: 準備組合が臨時総会(第2回総会)を開き、三井側との協定協議を進めることを承認した。あわせて準備組合が、想定される協定内容として、資金協力(費用の無利子立替え、返済は準備組合設立後の精算時)・事務局運営の体制協力(有資格の事務局員を無償派遣、事務所設置協力)・技術協力(都市計画・施設計画設計・保留床処分・商業運営等を無償支援)の3本柱を提示した ◆ 2023年(令和5年)5月18日: 準備組合が第3回総会を開き、三井不動産レジデンシャル株式会社・三井不動産株式会社との事業協力協定を締結し、両社を正式に事業協力者として決定した ◆ 2023年(令和5年)6月: 準備組合が、三井不動産レジデンシャルより事務局員7名以上(公表分4名、名簿は理事会に適宜届出)の派遣を受け、再開発コンサルタントとして別途、株式会社タカハ都市科学研究所と体制を組んだ ◆ 2023年(令和5年)7月: 準備組合事務局(三井不動産レジデンシャル)とコンサルタント(タカハ都市科学研究所)が共同で、地権者への個別面談を開始した。同月、準備組合が仮設事務所を設置した(賃料は三井不動産レジデンシャルが負担、準備組合の支出には含まれない) ◆ 2024年(令和6年)3月27日: 準備組合が第4回総会を開き、2024年度事...

タワマンの原因は駅前広場を再開発地域に入れたから(上)

イメージ
最初の構想ではこのようなタワマン構想ではなかった   そもそも、千歳烏山の街づくりを行政(保坂区政)はどう進められているのか。ここでこれまでの流れを見てみる。 再開発前史 ◆ 1966 年 ( 昭和 41 年 ): 東京都が都市計画道路 補助 216 号線 を都市計画決定した ◆ 1969 年 ( 昭和 44 年 ): 東京都が 京王線連続立体交差事業 を都市計画決定した ◆ 2003 年 ( 平成 15 年 ): 地元関係者らが「京王線立体化推進協議会」を設立した ◆ 2007 年 ( 平成 19 年 ): 地元関係者らが「駅周辺地区街づくり協議会」を設立した ◆ 2009 年 ( 平成 21 年 )5 月・ 10 月 : 世田谷区が 5 月に 「京王線沿線街づくり基本方針」 を、 10 月に 「京王線沿線駅前広場基本構想」 を策定した。同構想では千歳烏山駅南側について「駅前広場整備と合わせた隣接街区整備を図る」との方針も示されており、 駅前広場と南側街区の一体整備という発想 自体はこの時点で既に存在していた ◆ 2011 年 ( 平成 23 年 )10 月 : 駅周辺地区街づくり協議会が 地区街づくり計画( 原案) を世田谷区へ提出した。同年、京王線連続立体交差事業の都市計画変更が決定された ◆ 2012 年 ( 平成 24 年 ): 世田谷区が 駅前広場の都市計画 を決定した ◆ 2013 年 ( 平成 25 年 ): 世田谷区が地区内の権利者らに街づくりの考え方を説明し、意見交換を実施した ◆ 2014 年 ( 平成 26 年 )2 月 : 世田谷区が、 京王線連続立体交差事業 ・ 駅前広場整備 ・ 補助 216 号線整備 の各事業について認可を受け始動 (この 3 つは全部揃って完成となることに留意 ! ) ◆ 2014 年 ( 平成 26 年 )5 月 : 世田谷区が「 千歳烏山駅周辺地区街づくり構想 」を策定した ◆ 2014 年度 ( 平成 26 年度 ): 世田谷区が権利者アンケート・権利者個別ヒアリングを実施した ◆ 2014 〜 2015 年 ( 平成 26 〜 27 年 ) 頃 : 地区内の地権者ら ( まちづくり勉強会、世田谷区が支援 ) が 「現況のまま」「共同化」「区画整理」「再開発」 の 4 手法を検討し、「再開発」が...

(10)区民からの質問への区の対応

イメージ
  (10)区民から出された216通の意見書――6年間、同じ問いに区は同じ答えしかしなかった 前回(09)では、区議会本会議で「一旦立ち止まるべきだ」という声が上がっていたことを取り上げました。今回は、区議会の外側――区民自身から寄せられた意見書や説明会での質疑応答の記録をたどり、区の姿勢を見ていきます。今回参照するのは、2020年(令和2年)7月から2026年(令和8年)2月までに区が作成した7つの質疑応答・意見書記録です。 【この記事でわかること】 区民からの意見書は最終的に216通(212名)にのぼり、そのうち186通(183名)、実に約86%は「地区計画区域の外」に住む区民から出されたものであること 「なぜ140m、なぜ容積率700%なのか」という区民の核心的な問いに対し、この数字が示された2025年(令和7年)以降、区の答えは一貫して具体的な数値的根拠を示していないこと 説明会で「これ以上高い建物は建てない」とかつて説明されたはずだという指摘に、区が正面から答えていないこと 区が賛成・反対の集計を求められても「賛否を問うものではございません」として最後まで公表しなかったこと 地権者の3分の2の同意があれば法律上は反対する権利者がいても事業を進められる、という強制力の存在を区自身が認めていること まず結論から言うと── 2020年(令和2年)の素案説明会から2026年(令和8年)の意見書回答まで、区民が問い続けてきたことはほとんど変わっていません。「なぜここまで高くする必要があるのか」「なぜ以前の約束が守られないのか」「反対の声はどれだけあるのか」。これに対する区の答えも、実はほとんど変わっていません。「賑わいの創出」「生活再建」という抽象的な言葉で説明を繰り返し、具体的な数字を求められると「今後検討してまいります」「準備組合にお伝えします」で締めくくる。6年間、同じ問答が繰り返されてきたというのが、この記事で示したい事実です。 意見書216通、その9割近くが「区域の外」から 2026年(令和8年)1月22日から2月5日にかけて実施された都市計画原案の意見書募集では、最終的に次の数字が区の資料に記載されています。 区分 通数 人数 地区計画区域内の土地所有者等 30通 29名 地区計画区域...

(09)区議会は何を問いただしたのか

イメージ
  区議会は何を問いただしたのか──「一旦立ち止まるべきだ」という声 前回(08)では、下北沢駅周辺地区の高さ制限の実例を通じて、千歳烏山との違いを見てきました。今回は、この計画が区議会でどのように取り上げられてきたかを、2026年(令和8年)6月10日・11日の本会議のやり取りから見ていきます。 【このブログでわかること】 2026年(令和8年)6月の本会議で、複数の会派から「巨大な再開発を進めるべきではない」という趣旨の質問が出されたこと 2026年(令和8年)4月10日の都市計画審議会で、200通を超える住民意見が十分に検討されていないとして、都市計画決定に向けた諮問の時期が8月から11月へ延期されたこと 国の補助金が減額された場合、誰がその不足分を負担するのかという問いに、区の答弁が具体的な確約を避けていること 全国的に大規模再開発の見直し・凍結が相次いでいるという報道・データが示されても、区長の答弁は一般論にとどまっていること まず結論から言うと── 2026年(令和8年)6月の区議会本会議では、複数の会派からこの計画に対する懸念が相次いで示されました。しかし区長の答弁はいずれも「検討してまいります」「働きかけを行ってまいります」という言葉にとどまり、区民が求めている具体的な確約――いつ、どの段階で、リスクの全体像を示すのか――は、この本会議の中では示されませんでし た。 「巨大な再開発を進めるべきではない」という指摘 2026年(令和8年)6月10日の本会議代表質問では、次のような質問がありました。 「千歳烏山駅前では、大規模再開発計画が進められています。……容積率700%、高さ140メートルの巨大再開発を進めるべきではないと考えます。再開発によるまちづくりは一旦立ち止まり、改めて地権者や地域住民の参加と協働によって……住み続けられ、商売を続けられる生活再建型のまちづくりを求めるものです」 この質問では、「参加と協働のまちづくり」を掲げながら実際には地区計画への反映がされていないのではないか、という点も問われています。これに対し保坂区長は、街づくり情報交換会を3回開催してきたことや、2026年(令和8年)5月の第3回情報交換会で再開発準備組合側から「地域住民の意見を丁寧に聞き、できるだけ生かしていきたい」...

(08)下北沢駅周辺地区にはなぜタワマンがないのか 高さ制限60mの事実

イメージ
【このブログでわかること】同じ世田谷区内の駅前再開発でありながら、下北沢と千歳烏山では高さの上限の決め方がまったく違うこと。そしてその違いが、どの区長の代の、どんな判断から生まれたのか 前回(07)では、この再開発を主導する三井不動産レジデンシャルが、過去に武蔵小山パルム駅前地区でよく似た規模・容積率・高さの再開発を手がけていたことを見ました。 今回は少し視点を変えて、同じ世田谷区内の別の駅前再開発地区「下北沢」と比較しながら、なぜ千歳烏山駅前だけこれほど大きな建物を建てられるようになったのか、その制度上の理由を確認します。 まず結論から言うと──下北沢駅周辺地区では今も、敷地の条件に応じて16mから60mまで段階的に分かれた高さの上限が定められています。 一方、千歳烏山駅前南側地区では、(04)で見た通り、2,000平方メートル以上の敷地をまとめれば高さの上限が事実上なくなるという、非常にシンプルな(そして緩い)ルールになっています。 この違いを生んだのは、下北沢が2006年(平成18年)、当時の熊本哲之区長のもとで決められた抑制的な地区計画であるのに対し、千歳烏山は2021年(令和3年)、保坂展人区長のもとで決められた規制緩和だったという、決めた時期と 区長の違い です。 下北沢の高さ制限は「条件付きの段階制」 「下北沢駅周辺地区地区計画」のパンフレットに示された仕組みでは、敷地がどの色のエリアにあるか、敷地面積が500平方メートル以上あるか、どの道路(補助54号線、世区街10号線、補助210号線など)に面しているか、公開空地が別表第1の基準を満たすかを順番に確認していき、最終的に条件を満たす場合に45mあるいは60m、それ以外は31m、22mなど、地区や条件ごとに細かく上限が作り分けられる仕組みになっています。 道路の種類・敷地規模・公開空地の質という複数の条件を掛け合わせて、高さの上限を細かく作り分けているのが下北沢のルールです。 千歳烏山は「2択 」 対して千歳烏山駅前南側地区は、(04)で見た通り、2,000平方メートル以上の敷地をまとめれば高さの上限がなくなるという、単純な二択のルールです。下北沢のように道路条件や公開空地の質を細かく問う仕組みはありません。(烏山は雑な仕事というか高さの上限をいつまでも決めないでいたのです) 決めたのは、どの区...

(07)タワマンが出てくるまで

イメージ
  【このブログでわかること】千歳烏山の再開発を実際に進めている事業者が誰で、その事業者が過去にどんな建物を作ったか 前回(06)の最後で、次回はこの再開発を進める事業協力者について見ていくと予告しました。今回は、その事業者が過去にどんな建物を手がけてきたのかを見ていきます。 まず結論から言うと── 千歳烏山駅前南地区の再開発を進めて いるのは 三井不動産レジデンシャル株式会社 です。そして、この会社が別の駅前で手がけた「パークシティ武蔵小山 ザ タワー」( 東京都都市整備局・武蔵小山パルム駅前地区第一種市街地再開発事業 )(左写真)と、千歳烏山で今検討されている計画は、容積率・高さ・戸数までよく似ています。しかも準備組合は、事業協力者を選ぶ前から、視察先としてこの武蔵小山を選んでいました。 地権者が選んだ「4つの手法」から準備組合設立まで 2014年(平成26年)〜2015年(平成27年)頃、地区内の地権者らは「現況のまま」「共同化」「区画整理」「再開発」の4つの手法を検討し、「再開発」が最多で選ばれました。ただし全員一致ではなく、再開発をどんな手法で進めるかも未定。 2015年度(平成27年度)に「南側地区まちづくり勉強会」が設立され、2018年(平成30年)には先行事例として調布駅北第1A地区・府中駅南第一地区を視察。(ここは高さが60m以下) 2019年(令和元年)からは駅前広場を含めた再開発の検討も始まりました。こうした準備を経て、2022年(令和4年)12月、地権者の約7割が加入した「 市街地再開発準備組合 」が設立され、事業協力者の募集が始まりました。 選定基準は「資金協力を惜しまないこと」 2023年(令和5年)1月、準備組合理事会は先行事例地区(調布駅北第1A地区)を再訪してヒアリングしたうえで、事業協力者の選定活動を行いました。選定基準は「実績」「事業の最後まで一緒に汗をかき、地権者主体の活動を支援してくれること」、そして「準備組合への資金協力を惜しまないこと」の3点でした( 準備組合ニュース2号 )。 2023年(令和5年)3月、事業協力者の第一候補だった三井不動産レジデンシャル株式会社・三井不動産株式会社が選ばれました。(三井不動産レジデンシャル(株)は数多くのタワーマンションを手がけています) 2023年(令...

(06)2021年、駅前広場と大規模再開発を結びつける仕組みがつくられた

イメージ
【このブログでわかること】2021年(令和3年)の都市計画変更が、なぜ「駅前広場」と「大規模再開発」を結びつける仕組みだったのか 前回(05)では、都市計画法が定める住民参加の手続きが、実質的な同意を意味しないことを説明しました。(多くの人は知らない)今回は、その手続きを経て2021年(令和3年)に実際に何が変更されたのかを、駅前広場との関係から見ていきます。 まず結論から言うと── 2021年(令和3年)に世田谷区が行った都市計画変更は、単なる用途地域の整理ではありません。 それまで別々に進められてきた「駅前広場の公共事業」と「地権者による再開発」を一つに結びつけ、大規模な建物を可能にする条件を整えた転換点でした。 用途地域と高度地区が変わった 2021年(令和3年)、世田谷区は「千歳烏山駅周辺地区地区計画」を新たに都市計画決定しました。同時に、用途地域、高度地区、防火地域、日影規制なども変更されました( 世田谷区「千歳烏山駅周辺地区の街づくり」 )。 このとき行われたのは、単なる地域区分の整理ではありません。まず、再開発予定区域内の近隣商業地域と第一種住居地域を商業地域へ変更し、指定容積率を原則500%に引き上げました( 世田谷区「関連都市計画等の変更の概要」 )。 さらに、この区域を商業地区B1・B2・B3に分け、「敷地の統合」と「高度利用」を促進する方針を地区計画に定めました( 世田谷区「千歳烏山駅周辺地区地区計画・原案説明会資料」 )。 敷地をまとめれば、45m制限が外れる 敷地面積が2,000㎡未満の場合、容積率はB2で300%、B3で200%に制限され、B3には45mの高さ制限が残されました。しかし、土地をまとめて2,000㎡以上の敷地にすれば、容積率500%を利用でき、B3の45m制限も外れる仕組みでした( 世田谷区「千歳烏山駅周辺地区地区計画」 )。 これは、将来の一体的な大規模開発を可能にする制度設計でした。 見落とせない、駅前広場との関係 駅前広場(世田谷区画街路第14号線)は、2012年(平成24年)に都市計画決定され、2014年(平成26年)に事業認可を受けました。本来は再開発とは別の公共事業として、区が土地を買収して整備する計画でした( 世田谷区「都市計画道路補助第216号線・千歳烏山駅前広場」 )。...

(05)手続きはちゃんとやった、と言う役人と、知らない区民

イメージ
  【このブログでわかること】都市計画法が定める住民説明の手続きが、なぜ「報公開と区民参加」の実現にはつながっていないのか 前回(04)の最後で少し触れましたが、区は「手続きは正式・正確にすべて行ってきた」と説明します。今回は、その「手続き」の中身を検証します。 まず結論から言うと── 都市計画法16条・17条が定める住民説明の手続きは、住民投票でも、住民の同意を得るための制度でもありません。 反対意見がどれだけ多く出ても、それだけで計画が止まることはなく、しかも区民が計画を実感できるようになる頃には、たいてい手遅れになっています。 「手続きは適正だった」という区の説明と、「知らないうちに決まっていた」という区民の実感が食い違うのは、この制度の設計そのものに理由があります。 住民説明の手続きは、法律で決まっている 都市計画を決定・変更するときに、住民へ説明し、意見を聴く手続きは、都市計画法16条と17条に定められています。両者の違いは、簡単にいうと、意見を聴く「時期」と「対象者」です。 16条 17条 段階 正式な都市計画案を作る前 正式な都市計画案を作った後 公開するもの 素案・地区計画原案など 正式な都市計画案 主な目的 住民意見を計画案の作成に反映する 正式案への最終的な意見提出機会を設ける 主な方法 説明会、公聴会、原案の縦覧など 公告・縦覧と意見書受付 意見提出者 手続きによって異なる 住民および利害関係者 縦覧期間 条例や手続きによる 原則2週間 次の段階 意見を踏まえて正式案を作成 意見書を付けて都市計画審議会に諮る 「同意」ではなく「意見を聴くだけ」 16条と17条は、住民投票や住民の同意を得るための制度ではありません。反対意見が多数提出されても、それだけで計画が中止されることはありません。 16条は正式な案をつくる前、17条は正式な案を都市計画審議会へ出す前の手続きです。そのため、計画を実質的に見直すには、16条より前の段階から区民が参加できることが重要です。 ところが、都市計画は書類や図面を中心に進められます。日々の生活に追われる区民が、行政の動きを常に確認し、専門的な資料を読み解くことは簡単ではありません。 多くの区民が計画を実感するのは、完成予想図が示されたときや、工事が始まったと...

(04)規制緩和の流れを作ちゃった保坂区長

イメージ
【このブログでわかること】駅前広場の整備が遅れる一方、保坂区長が2021年に行った都市計画の変更が、超高層タワーマンションを可能にした経緯 駅前広場の整備が遅々として進まない一方で、保坂区長はもう一つの動きを進めていました。それが、千歳烏山駅前の再開発をしやすくする「規制緩和」です。 まず結論から言うと── 保坂区長は2021年(令和3年)、千歳烏山駅前の再開発予定地について、それまであった「建物の高さは45mまで」というルールを、大きな敷地をまとめれば実質なくせるように変更しました。 しかもこの変更のことを、烏山区民のほとんどは知りません。これが、今問題になっている 超高層ビル計画を都市計画上「可能」にした入口です。 果たしてこの公約は、その後も守られたと言えるでしょうか。退職金廃止の公約も、その後守られませんでした(この件は別の記事で詳しく説明します)。そして今回取り上げる2021年(令和3年)の都市計画変更についても、ほとんどの烏山区民は知らないまま進められました。公約とは逆に、大型開発を進めやすくする流れを、保坂区長自身がつくっていたのです。何が変わったのか 【画像:変更前・変更後の用途地域図】 まず前提として、2021年(令和3年)6月に変更される前の状態を説明します。 再開発が予定されている区域には、それまで「第一種住居地域」という、比較的静かな住宅地向けのルールが適用されていました。 この地域には「高度地区」という追加の規制もかかっていて、建物の高さは45mまでという上限(絶対高さ制限)が決まっていました。 一方、同じ区域の中でも「商業地域」に指定されていた場所には、もともとこの45mの高さ制限はありませんでした(近隣商業地域は場所によって規制の内容が異なります)。 保坂区長による変更の内容 2021年(令和3年)6月、保坂区長は「千歳烏山駅周辺地区地区計画」を決定し、この区域の「用途地域」と「高度地区」を変更しました。 これにより、それまで第一種住居地域だった場所を含む区域が「商業地域」に変更され、地区計画上「商業地区B1・B2・B3」という3つのエリアに区分されました。 高さ制限が実質なくなった ここが一番重要なポイントです。 つまり、それまで「45mまで」という絶対的な上限があった場所でも、複数の土地を2,000平方メートル以上にまとめて一体的に...