タワマンの原因は駅前広場を再開発地域に入れたから(上)




最初の構想ではこのようなタワマン構想ではなかった

 

そもそも、千歳烏山の街づくりを行政(保坂区政)はどう進められているのか。ここでこれまでの流れを見てみる。

再開発前史

1966(昭和41):

東京都が都市計画道路補助216号線を都市計画決定した

1969(昭和44):

東京都が京王線連続立体交差事業を都市計画決定した

2003(平成15):

地元関係者らが「京王線立体化推進協議会」を設立した

2007(平成19):

地元関係者らが「駅周辺地区街づくり協議会」を設立した

2009(平成21)5月・10:

世田谷区が5月に「京王線沿線街づくり基本方針」を、10月に「京王線沿線駅前広場基本構想」を策定した。同構想では千歳烏山駅南側について「駅前広場整備と合わせた隣接街区整備を図る」との方針も示されており、駅前広場と南側街区の一体整備という発想自体はこの時点で既に存在していた

◆ 2011(平成23)10:

駅周辺地区街づくり協議会が地区街づくり計画(原案)を世田谷区へ提出した。同年、京王線連続立体交差事業の都市計画変更が決定された

◆ 2012(平成24):

世田谷区が駅前広場の都市計画を決定した

◆ 2013(平成25):

世田谷区が地区内の権利者らに街づくりの考え方を説明し、意見交換を実施した

◆ 2014(平成26)2:

世田谷区が、京王線連続立体交差事業駅前広場整備補助216号線整備の各事業について認可を受け始動(この3つは全部揃って完成となることに留意!

◆ 2014(平成26)5:

世田谷区が「千歳烏山駅周辺地区街づくり構想」を策定した

◆ 2014年度(平成26年度):

世田谷区が権利者アンケート・権利者個別ヒアリングを実施した

◆ 20142015(平成2627):

地区内の地権者ら(まちづくり勉強会、世田谷区が支援)「現況のまま」「共同化」「区画整理」「再開発」4手法を検討し、「再開発」が最多で選択された再開発が全員一致ではなかった、また再開発の手法も未定の様子、後年再開発のプロ、不動産事業者を協力者としたことから具体的になる)

◆ 2015年度(平成27年度):

地区内の地権者らが、世田谷区の支援を受けて「南側地区まちづくり勉強会」を設立した(世話人会発足)

◆ 2018(平成30):

まちづくり勉強会が、先行事例地区として調布駅北第1A地区・府中駅南第一地区を視察した。同年、京王線連続立体交差事業が一部工区で工事着手した(勉強会が先行事例地区として調布駅北第1A地区を選んだことは、この視察先が60m未満のビルだったことは考えるとまだこの頃にはタワマンという発想はなかったのでは・・・

◆ 2019(平成31/令和元年):

まちづくり勉強会が、駅前広場を含めた再開発の検討を開始し、権利者個別ヒアリングを実施した(駅前広場を含めた再開発というのがタワマン建設に近づいていく出発点!)


2020年(令和2年)12月「まちづくり勉強会」が「まちづくり準備会」に格上げされる






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