(01)そもそもの発端は駅前広場

【この記事ブログでわかること】千歳烏山のタワーマンション問題が、実は「駅前広場」という先行していた都市計画から始まっていること(=事業の背景と経緯)


千歳烏山で今問題になっている「タワーマンション計画」。その舞台は、10年以上前から進められてきた「駅前広場」の計画地と重なる場所です。まずは、その駅前広場がなぜ必要とされたのか、話の出発点から振り返ります。

そもそも千歳烏山の「タワーマンション問題」は、京王線の連続立体交差事業による駅前広場建設に行き着きます。

連続立体交差事業とは、簡単に言えば線路を高架にして踏切をなくすことです。千歳烏山では朝のラッシュ時など、踏切が1時間近く開かないこともありました。

この「踏切をなくしてほしい」という住民運動をきっかけに紆余曲折を経て、千歳烏山駅を高架化し、周辺の踏切をなくす計画が動き出しました。高架化そのものは東京都の事業ですが、話の主役はもう一つ、世田谷区が担う「駅前広場」の整備です。

駅舎が高架に上がって2階になるのに合わせ、保坂区長は、バス停やタクシー乗り場をまとめて駅を降りたらすぐ乗り換えられる駅前広場(交通結節点)をつくることを決定しました。世田谷区の事業として駅前広場を2012年(平成24年)に都市計画決定し、2014年(平成26年)、高架化・踏切解消の工事が実際に始まりました。

※この駅前広場のスケッチは2012年(平成24年)4月14日、駅前広場の都市計画案説明会で使われた資料です(烏山総合支所駅周辺整備担当確認)。この時点では交通広場の左側・南側はタワーマンションではなく別の計画だったか、あるいはまだ何も決まっていなかったと推察されます。

次回(02)では、この駅前広場計画で実際にどこを、どれだけ買収しようとしているのか、区域を具体的に見ていきます。





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